アイヌと十勝

2010.03.15 13:05:47

先日、帯広から電話があり「恵介さんの記事が大きく載っているよ!」
と告げられた。
先週の「ふるさとコンサート」の記事だった。

新聞 浦幌033WEB.jpg

電話の主は笹村律子さんで、帯広で今度LIVEをするBunchiの紹介でコンサートの前日一緒に酒を飲み、話に花が咲いた彼女だった。

彼女は「アイヌ」で75%の混血と話す。
又自分が意識したのは最近で、「アイヌ語」の勉強もしていると話していた。

私の子供時代、クラスには必ず数人のアイヌがいて、一緒に遊んでいたが、差別があった記憶は無い、そんな環境で育った所為か意識した事で、かえって浮き立たせるような逆差別感を感じてしまった事もあったし、知ろうともしてこなかったのかもしれない。

どちらかと言えば、明治時代の十勝は民間の開拓団で、入植した和人自体が困難な時代だったのでずいぶんアイヌに助けられた話のほうが多かった。

ただ北海道全体を見ると強制的に収容させられたり、土地を取られた話はあちこちに残っている。

ふるさとである浦幌でも、開拓時代の記録や民話はアイヌに絡むものが多く、アイヌ同士、たとえば釧路アイヌと十勝アイヌの戦いの砦跡や住居跡の遺跡も数多くあった。
明治初期入植した和人の記録に40戸ほどの村を作ってすんでいたと記録があり、地域の名前もすべてがアイヌ語だった。

帯広での出会いは、しばらく忘れていた「アイヌ」についての記憶をあらためて呼び起こし、アイヌから伝えられたある民話を思い出すことになった。

北海道で冬を越しても葉を落とさない「かしわ」の木の物語や、キツネに野ネズミを食べてもらって畑の害が減った話とか。不作の年食べるものが無かった時に、アイヌから山の幸の採りかた食べ方を習い、感謝した昔話など。

自然を大事にするアイヌ文化、食料問題が顕著化してくる時代、もう一度昔話の効用を見直す時期に来ているのかもしれない。